1873年(
明治6年)に
鹿児島県鹿児島市金生新町ほか十四町(現在の
山形屋鹿児島本店付近)の商家、戸高丹下伊右衛門の四女として生まれた。幼年時に事故(ままごとのお箸を持ちながら走っていたときに転んでしまった)で右眼を失明、
鹿児島師範学校(現在の
鹿児島大学教育学部)を卒業後、当時の女子師範付属
尋常小学校(現在の鹿児島市立名山小学校)の教師となった。28歳で
日本女子大学校家政科一回生に入学、卒業後に女性初の中等化学教員検定試験に合格した。1914年(大正3年)に
宮城県仙台市の
東北帝国大学理科大学化学科へ入学し(当時は他の帝国大学、専門学校は女子及び旧制高等学校以外の出身者の入学は認めていなかった)、同時に入学した他の2名と共に女性初の帝大生となった。