しかし、こういった運動(ファシズム)には、共産主義や社会主義からの
転向者が少なからぬ数で含まれていた。日本国内においては、
昭和研究会・
革新官僚・
満鉄調査部など軍部政治の中核を担った勢力が挙げられる。彼らの思想には(社会主義と共に)多分に共産主義の理屈が含まれており、彼らと緊密に関わった
近衛文麿は、後に「国体の衣を着けたる共産主義」と評している。日本におけるファシズムの論客として知られた
北一輝も、明治維新を「天皇を傀儡とした社会主義革命」と規定し、
昭和維新はそれを完成させる革命と考えるなど反共主義とは一線を画した態度を取った。また北一輝の影響を受けた
二・二六事件の当事者の将校たちは、ボリシェヴィキの蜂起教範を参考にしている。